自分の周囲で食べに行った人の感想は悪かったので、少し怯えての入店。
「サンボの隣駐車場の奥」というマニアックな場所です。
定休日は不定休で平日は11時30から15時と17時からスープがなくなるまで。
土日祝日は11時半からスープがなくなるまで。
その駐車場前で若者がチラシを配っています。そこから引用しましょう。
「当店は豚、鶏といった動物のスープではなく、5種類の野菜を2日間煮込みに煮込み、煮込み続けて完成させた、飽きのこない濃厚スープです。」
なるほど、スープが自慢のようです。
そしてお品書きですが「魚介系&野菜スープ」の松風らーめんと、
バター&野菜スープのMIXらーめんの2系統あるようです。
こういうスープのアピールをするならば、
きっと塩ラーメン的なバター&野菜スープの方がスープの良さを味わえると思い
「MIXらーめん」を注文してみました。
まず、つるつるの黄色い太麺です。味はそんなに印象にないのですが
箸が割り箸ではないのでつかみにくい。「割り箸はありますか?」と聞きたい気持ちを堪えました。
店全体の清潔感はオープンしたてなので高いのですが、
箸の黒さゆえに、白いホコリのようなものの付着に気がついてしまう。
「ざんねんなこ、のんちゃん」の読者ならば、食欲が一気に落ちます。
改善して頂きたい点のひとつ。
で、実際に口に運び食べる。
美味しいじゃない!
スープは優しいけれど濃厚といった感じでしょうか。
バターの香りも油分も強すぎず、ヘルシーに美味しいです。
具材は、そんなに特筆するものはありませんでしたが
メンマもチャーシューもふつうに美味しいですよ。
女性の方が好む味なのではないのでしょうか。
僕は中盤から胡椒をかけて食べました。相性よく、刺激ある美味しさが増します。
さて。
僕はこの店が美味しいと思います。
でも、世間的。立地的な意味では?「秋葉原的」にはどうなんでしょう。
魚介の味はまだ食べてないのでわかりませんが、
場所は秋葉原のコア中のコアの場所といっても過言ではありません。
観光気分で来た人間が気軽に立ち寄って食べる場所ではありません。
その、秋葉原に生き秋葉原で死ぬような猛者のおっきなお友達。
その、僕たち私たちが相手の商売であることを考えると無視できない弱みがあると思われます。
それは、店員さんがすごくギラギラした、
リア充というかシヴヤ系というか、なんか怖いところと
秋葉原の精神的ど真ん中で売るにはパンチの少ない味なのではないか?という点です。
魚介アレルギーが僕は強いので、よっぽど魚介のスープが評判にならないと僕は食べませんが
また、バター&野菜スープの方は食べに行ってみようと思います。
秋葉原で食事を取ることの多いみなさん。
是非に魚介系を試して、僕に情報を下さい。(Twitterで。@machidamegane)
【ヒューリスティック関連で調べ物のさなか】
調べ物の過程で、ネット上で公開されている日記の中から以下のテキストを見つけた。
「ま、IT革命の世の中で英語もできないような方は、デジタル・ディバイドの先に当然やってくるであろう、イングリッシュ・デバイドに取り残されて野垂れ死んでください。」
今まで、いろいろとGEEKの考えそうな「これが当然」な文章を多く目にしてきたが
久しぶりに心が動いた。コトリ。
もちろん、このテキストを書いた人がどう、ではない。このフレーズだけで考える。
この切り取ったテキストに共感できる方々の考える日本の未来は、少数の
デジタルデバイドとイングリッシュデバイドを乗り越えた人間が猛烈に富み、
それ以外の殆どの国民が貧困層(流石に、野垂れ死にはすまい)である社会、か。
・IT革命がデジタルデバイド(情報格差等)を起こす。
・さらにその先に、イングリッシュデバイド(言語格差)がある。
この二つの確信をもとに、それに取り残されるものは野垂れ死ぬとするのである。
また、「英語が出来ない方」ではなく「英語も出来ない方」ときている。
英語以外の言語か別の技能かは解らないが、他にスキルをもってしかるべし、か。
まあ「英語程度のスキルも習得できない人」の意味合いが本命か。
野垂れ死なない人間の条件は、結構高い。
英語、という技能を持っている日本人の場合、それは基本的に評価され
その層の平均所得を向上させるというのは納得である。
それにデジタルデバイドが掛け算されると、上記のような世界が広がるのだろうか?
【デジタルデバイドの中身】
デジタルデバイドの中身は様々だ。
格差とは同じ国民なのか?それとも国家間か?
格差の原因はインフラか?教育か?
私の解釈でデジタルデバイドを表現すれば、
・情報を電子化する能力
・電子化された情報にアクセスする能力
・電子化された情報を運用する能力
この三つの能力の多寡で生まれる格差がデジタルデバイドだ。
結論から言えば、ユーザビリティの概念が多くのデジタルデバイドを打ち消す。
能力、と個人の技量の問題として言い切っているのは
ブロードバンド環境が無いよぅ!と、無くても言えている時点で
その人物はブロードバンドを知っているからだ。
そういった人物は水に沈んだら水上に出て呼吸するが如く、
必ず、アクセスできる環境を作ったり移動したりする。
ハコモノとしての環境があるないなんてのは、希求する住民がいれば
いずれ解決する問題なのである。
【なぜ、ユーザビリティが解決するのか】
ネット環境がもたらす情報格差が解決されるものだとしたら、
次に立ちふさがるのは端末での情報格差である。
もしも端末が酷いOSのパソコンであり、命令を全てコマンドプロンプトで
実行するとしたら、これはGEEKの大勝利である。
しかし、GUI搭載から解るように、パソコンでさえ「解りやすさ」が考えられている。
LinuxがいつかWindowsを打ち滅ぼす夢を見るのはいいが、残念ながら難しい。
パソコン以外の様々な機器類も、ユーザビリティが優秀なものが生き残る。
当たり前に淘汰される。なぜなら、いかにポテンシャルを秘めていようが
大多数の大衆にとっては、必要最低限の機能しか興味が無く
なおかつ、同じ機能ならば簡単で使いやすいものを選択していくからだ。
高機能過ぎる製品より、デザインだけちょろっと変えて機能をしぼった低価格品が
世界を席巻することが往々にしてあるということ。
GEEKという人種は、ファミコンが他のゲーム機を駆逐した理由、
他のゲーム機の追随を許さなかった理由が、
テキストで読めても理解できないと思われる。
「MSXがファミコンを駆逐したはずなのに!」
(見えない未来が見えた例。英訳の際は過去完了系に気をつけてね。)
【デバイドはビジネスチャンス程度のもの】
障害があれば、障害を取り除くことにその社会はコストを投じる。
障害を取り除くことの出来る技能者にとって、それは間違いなくチャンス。
でも、障害が障害だと解らないほど取り除き切った後には
飛ぶ鳥がいなくなれば良い弓は仕舞われるが如くなのです。
上下水道が完備された現代日本で、優秀な水源地に勢力を構えても
たいした権勢にはもう使えないのです。
景気の浮揚程度に考えましょう、○○デバイドってやつは。
【イングリッシデバイドの程度】
英語に慣れ親しんでおくことが様々な場所で便利なのは事実だ。
そして、確かなものにしていれば給与にも直結できるだろう。
だからといって日本社会において、英語が出来ると有利、を超えて
デジタルデバイドと言えるまでの状況にはならない。
交流の過程が生み出す、受容と溶け出しで日本語が崩れゆくことはあっても
それはやっぱり、確かに日本語なのである。
日本人が日本人である限り日本語は滅びないよ。
(日本語の危機は、明治期にもう終わった)
IT革命によって、情報感覚での世界は一気に狭くなった。
それは、英語に触れる機会を増やすことであって
イングリッシュデバイドとデジタルデバイドの両問題を増幅させる。
と、言いたいのだろうが、それは一般人向けの話ではない。
ITが進めば進むほど、日本人のための、日本語のための
ツールやシステムが進化するのである。
GREEをやるために日本人が英語に鞍替えしなくていいのだ。
mixiが現れる。pixivも現れる。
英語圏で生まれた新しいサービスに怯えるのは、ほかならぬGEEK達なのかもしれない。
【おわりに】
いつの時代にも「私は最先端の危機感をもっている。あなたとは違うんです」
という人はいる。人々が居る。
日蓮とかエドガーケイシーとか。
この現代社会においては
「気が付いてしまっている俺達(GEEK)」なのだろう。
予想される危機に対し動かない、動けない人間を怠惰と考えるレベルを超え、
動けている自分達に対して選民的なところまで考えかねない「彼ら」。
こういう、頭がいいけれど賢くない方々が権力などを持ってしまうと
カンボジアの様になってしまうのだろう。
(ポルポト達は、将来を約束された秀才・国費フランス留学生達)
彼らには、永遠に少数派であって欲しいものだ。
「ユーザビリティ」という概念に興味を持ってからと言うもの ただでさえ感情の起伏が豊かな僕は、尚無闇に起伏させるようになった。 街やネットや職場で出会う様々な「何かをさせようとする何か」。 それに触れるたびに、ユーザビリティという価値観で考えてしまい 「これが駄目だ」「これが良い」「駄目だこいつ、何も考えてない」となる。 今日は、友人達が主催するネットラジオのサイトについて ユーザビリティ評価をしてみよう。 そのサイトの名前は「万世橋テクノラジオ」です。 http://mtr.mew15.com/ このサイトは、「秋葉原からテクノ・ミュージックを広めたい」という はっきりとした目的があります。 広めたいという気持ち、そんな素朴な伝道愛をもっているようですね。 でも、見知らぬ他人の店やサイトや出品物について評価を行うと 後で「貴様ぁ!」と、知らない人に胸ぐらを掴まれかねないけれど 友達が非営利でやっているものならば、少々キツイ評価でも 後で「貴様ぁ!」と、知ってる人に胸ぐらを掴まれる程度で済むもんね。 【評価開始】 とあるリンクから、このページに飛んで先ず目に入るのは 「万世橋テクノRadio」というトップです。 しかし、そのすぐ右脇には「万世橋テクノラジオvol.15」 ……表記の統一性が取られていません。 このページのデザイナーは、彼なりに 「ばっかおめぇ!そのズレが!ユーザーに、オマエYo!インパクトをなぁ?」 とか、いろいろと理由はあるとは思います。 サイトのトップページの重要性を理解していないデザイナーも ウェブデザイナーと認めてよいならば、ですが。 ページに、サイトのタイトルは一番認識しやすい表記で一段大きく示し、 その派生の表現は派生であると一目わかる表現で行きたいですね。 この場合、トップ上中方に「万世橋テクノラジオ」と表記しておき 同画面でもそのタイトルとは別集団であると明確に区切られた箇所で 最新の第15回放送が示されるべきでしょう。 そこではじめて、ラジオだけを英語にしてみたりする遊びを行えばいいのです。 理想で言えば、「万世橋テクノラジオ第15回」というテキスト表記の上に 「万世橋テクノRadio vol.15」でも大きく置けばいいのではないのでしょうか。 次に目に入るのは「Posted by admin on 20/05/09 in 番組配信 」 の文字列です。 僕は一応、東京六大学を出ています。一応。 本当に一応。浪人も留年もしたけど。 その僕の学力をもってして、この文章をなんとなく解読すると 「この投稿されたなんかは、番組配信において 2020年5月9日を期限として管理されています。」 みたいなもんでしょうか。 トップページという大切なページの、三行目に現れる情報としては ・ユーザーに必要な情報か? ・ユーザーにわかりやすい形で、その必要な情報は示されているか? ・この場所で提示すべき情報か? との問いに対して胸を張って応えられるものなのでしょうか? 仮に必要な情報でも、別な場所でわかりやすく示すなどの 対応は出来ないのでしょうか? 背景を予想すると、たぶんこの文言をこの場所に入れるのは このサイト作成者にとって何らかの契約上必要な措置か 宗教か、信念か、何も考えていないか、のどれかだと思われます。 さて、また万世橋テクノラジオという文字列と日付、 「秋葉原からテクノ・ミュージックを広めたい!そんなラジオです!たぶん! 」という文字列が出てきました。 おいおい。 20/05/09 の日付と 2009-05-20 の日付の意味の違いを説明してくれ。 あと、どう考えても日時形の情報文字列だが 表記フォーマットが異なってるのってどういう事なの? 理由があってフォーマットを変えて、その理由の目的が果たされているなら 大いに結構です。でも、なんか……そう、凄く美味しいんです。 で、ね。 聞くとしますよ。はい。 この三角を押すっぽい。 うん、それはなんとなくわかりましたよ。 「Hide Player | Play in Popup | Download」 の違いは何?説明無し? それとも 「ブラウザから直接でも聴けます」が説明なの? ブラウザから直接でも聴けます、ってさ。 ユーザーが普通に聞こうとすると、ブラウザから直接聞いてない、って事? どういう事なんだろう。 これはこれで、誰かが喜ぶ情報なんだろうけど 興味をももって勇気を振り絞ってクリックしてくれた人に対して この対応って、親切なのかな? 旅館に泊まったら、女将がふすまを足で開けて食事を運んだようなもんだよ。 もちろんね、これのデザイナーはそれなりの理由をもってはいると思う。 「バッカおめぇ!これがクールで!テクノなんだよ!アゼルバイじゃん!?な?」 まあ、いい。次へ。 その放送の説明のようですね。 曲リストがあるけれど、これクリックしたら その曲のみを聴けるんだったらいいなぁと思ったよ。 無理なのかな? で、ね。第14回が下にあるようなのでスクロールですよ。 「Posted by admin on 29/04/09 in 番組配信 」 ・・・もうね、29って、2029年?今から20年ね? さっきは20だったから11年先。この9年差って何? そもそも、この情報ってなんなの? ネット環境を与えられた日本人が真っ先にここを覗いて、 俺以外のみんなが理解できるならさ、 俺が馬鹿アホ間抜けで別にいいんですけどね。 ってかさー 「■投稿受付 mtr 「@」 mew15.com まで直接メールをいただければ幸いです. もしくはこのエントリにコメントをください.」 って、全部のエントリに入ってるわけ?もしかして。 それって、美しいのかな?かな? 例えば、携帯電話の時計機能を使うとき、 画面ごとに時計機能を作って置いておくの? どっかで一個作って、それをいろんな場所から参照できるように 作るんじゃないかな?かな?(俺はプログラム知識ないけど) なんだろう。 重装甲なのかな?よーしカッコいいぞう! そんな感じで一番下までスクロールしました。 第七回までしか表示されていません。第一回から第6回までのも気になります。 ・・・最悪です。 背景に溶ける色合いで「≪ Previous Entries」だってばよ。 何だろう。 ここのサイト作成者はテクノを語るときに、 そんなに日本語に自信がないのだろうか? 「エントリ1~6へ」、とか。「以前のエントリ」、とか。 誰でもわかる平易な言葉が嫌いな、世間の感覚が憎くなおかつ ギークでギークな英語オタクかなんかなのかな? 「Previous」で「前の」とか「先触れ」とかは、たまたま私も知ってましたよ。 でもね、みんながそうって訳ではないでしょう。 親切を意図的に放棄したページ作りも確かにあります。 でも、ここは何かを広めたいページなのでしょう? 広めたいという心遣いで一度でもこのページを見たことが 作成者はあるのでしょうか? 私は、あると思います。 気がつかない人なんです、無罪なんです。 ついでにいえばさ。 左側の「過去の記事」と「カレンダー」。 トップページのリソースを食わせるに値する情報が詰まってるの? ねえ!?詰まってるの?詰まってるんだろうな!! 考えて置いた、というならいいんですよ別に。 放送の無い月も、特に区別無く並べて、 放送のある月をクリックできた人が勝ち!みたいな 脳内ゲームでもしているのでしょう。そうでしょう。 ってか、普通に記事を最新から置いたほうがいいんじゃね?とかね。 カレンダーに関しては、もうさー カレンダーくらい、みんなもってるよ。 自分のパソコンとか、卓上カレンダーとか、携帯電話の中とかさ。 この空間をこいつに占めさせると、誰かがなんか幸せになるんだろうけど、 もっと多くの人を確実に幸せになるものを置こうぜ? 例えば、、ラジオの聞き方の使い分け方とかさ。 関係者リンクを増やしたり、注目のテクノ記事リンクおいたりさ。 このページってば、誰の管理よ? 万世橋テクノラジオのメンバー誰よ。 はい、私「町田メガネ」です。 このページ、使いにくくてごめんなさい。 でも、「スタート」の中に「シャットダウン」があるような馬鹿なOSが根底にある問題なんだろうなぁ。